50ccはクラッチがアクセルだった

素人ミニバイク・レースが盛んだった頃、会社の同僚と6時間耐久などに参戦していました。

そのときはHONDA NSR50に乗っていたのですが、走り方で気をつけていたことを思い出したので、忘れないうちに書いておきます。

50ccは非力で、エンジン回転数が落ちてしまうと、一気に加速が鈍ってしまいます。なので、エンジン回転数は常にパワーバンドを維持して、ギアチェンジして速度を変えるという走り方をしていました。トルクが薄い2ストローク車両だからということもあったと思います。仲間内では「アクセル全開で、クラッチ使って速度を変える」という言い方をしていたように思います。

そして加速するときはミッションには良くないのかもしれませんが、エンジンは高回転を維持してクラッチを8割くらいつないだまま、どんどんシフトアップするということもやっていました。4スト車よりも半クラッチを多用します。

反対にコーナー入り口では減速した分、ギアを落としてました。エンジン回転がレッドゾーンに入ることを意識したことはありませんでした。だいたい、今みたいにレブリミットでピカピカ点滅するとLEDなんて付いてませんでしたし。もしかしたら、レッドゾーンをぶっちぎっていたかも。

バイクは中古で「走ります、車検は通ります」というレベル。お金がないので外装はボロボロで、タイラップとガムテープが大活躍でした。そういえば、NSR50の2ストオイルはガソリンとは別タンクがあり、分離給油でした。でも、オイルポンプが壊れたときにエンジンが焼きつく可能性があり、混合給油していました。カストロールの緑色の缶は、とっても高価だったように思います。あの高いオイルは意味があったのかどうか、リッター1,000円しない安いものでも良かったような気がします。実際、走っても違いは分かりませんでした。香りは良かったんですけどね。

那須モーターランドの最終コーナーは5速全開で、ハングオンしていないのに右膝のバンクセンサーがアスファルトに当たるほどにバイクを寝かせていましたね。仙台ハイランドは高低差が大きくて難しかった。前半はずっと登りですぐに回転が落ちてしまうため、低速ギアを多用していました。逆に、後半はずっと下り坂でコースアウト転倒が怖くてスピードが出せませんでした。

当時の記録を見ると筑波サーキットのコース2000を1分30秒ほどで走っていたようです。50ccは最高速は大して出ませんが、コーナーのRが大きいのでほとんど減速せずに走れていました。いや、平均時速80km程度で劇的に遅いから減速する必要が無かったのかも。

数時間の耐久レースで、自分たちのチームを何度も追い越したあの速い人たちは一体、1分何秒くらいだったのか。当時は走ることが楽しくて、他のチームのことなんて気にもしませんでしたが、皆さん今もバイクに乗っているんでしょうか。

こんなことを書いていたら、サーキットを走りたくなってきました。もうレースのような走りをするつもりはありませんが、ツーリングレベルで走れる走行会があったら参加してみたいです。ただ、最大の難関はレーシングスーツを手放してしまったことです。安くても5〜6万円はしますから、家計と相談しなくては。あと、ヘルメットも確か5年くらい経っているから買い替えが必要だし、ブーツも10年くらい経っていてパーツが割れているところがあります。レーシンググローブも新調したいです。あれ!? これは、装備を揃えるのに15万円くらいかかりそうです。う〜ん、ぼちぼちいきましょうか。

とりとめもない話しになってしまいましたが、せっかく書いたので投稿しておきます。

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